東日本大震災の津波で大川小学校では全校108名中74名の児童が犠牲となりました。
震災当日、生徒たちは近くにある裏山ではなく校庭に避難、海から大川小学校までの距離が3.7㎞ありここまで津波は来ないと思っていたようです。親御さんの引取りが来るまで校庭で待機していました。しかし、地震発生から51分後に8.6mの津波が大川小学校を襲ったのです。なぜ避難しなかったのか等疑問もありますが当時の先生方にも考えがあったのだと思われます。実際、校庭にいた教職員も11人中10人の方が亡くなっています。
救えた命があったこと、それなのに救えなかったこと、ご遺族の無念さが伝わってきました。
- インタビューした人:
- 石巻市震災遺構大川小学校 語り部 紫桃 隆洋さん
- この記事を書いた人 :50代 男性 H・T
2011年3月11日の東日本大震災の津波により、大川小学校の児童・教職員84名、大川地区全体で418名の方々が犠牲となりました。犠牲者の慰霊・追悼の場とするとともに、震災被害の事実や、学校における事前防災と避難の重要性を伝えていくことを目的に公開します。
TOHOKU VOICE
相日防災 東北視察 全社員統一プロジェクト
2021年3月~2022年3月にかけて総勢130名の相日防災株式会社の社員が4~5名ほどのチームを組み、東日本大震災の被災地(岩手県・宮城県・福島県)へ視察に赴きました。ここTOHOKU VOICE(トーホクボイス)では、その視察で聞いた生の声や、それぞれが感じたことをレポートにしたものを抜粋して、一言ずつご紹介しています。
●現地の声を、極力そのまま掲載しております。
●会話の一部を抜粋し、メッセージのように掲載しております。
※TOHOKU VOICE は、現地で聞いた生の声をそのまま掲載するよう心がけ編集されております。一部、内容を正確に伝えるための編集が加わっていることをご理解ください。(主語の補足、倒置法の修正等)
※また、現地の声を耳で聞いたものをメモやボイスレコーダーに記録し、それを元に文字を起こしていますので、言い間違い、聞き間違い等が含まれている可能性があります。