私たちは2021年11月17日にホテル観洋の語り部バスを降り南三陸を背に石巻市の震災遺構である旧大川小学校へと歩を進めました。
今回、語り部として私達を案内して下さった三條様も当時の震災で息子様を亡くした方でした。私もいわき市で津波により友人を亡くしたので関係性は違えど多少なりともお気持ちを感じる事が出来たかと思います。
実際に、当時大川小学校で何が起き・何故多くの児童が犠牲になったかという理由を三條様から御話しして頂いている際に信じられないような事ばかりを耳にしました。
今回の視察では、ありふれた日常があってこその平和な日々であること、ありふれた日常を過ごす為の準備がとても大事な事であると感じました。
- インタビューした人:
- 石巻市震災遺構大川小学校 語り部 三條すみゑさん
- この記事を書いた人 :30代 男性 J・M
2011年3月11日の東日本大震災の津波により、大川小学校の児童・教職員84名、大川地区全体で418名の方々が犠牲となりました。犠牲者の慰霊・追悼の場とするとともに、震災被害の事実や、学校における事前防災と避難の重要性を伝えていくことを目的に公開します。
TOHOKU VOICE
相日防災 東北視察 全社員統一プロジェクト
2021年3月~2022年3月にかけて総勢130名の相日防災株式会社の社員が4~5名ほどのチームを組み、東日本大震災の被災地(岩手県・宮城県・福島県)へ視察に赴きました。ここTOHOKU VOICE(トーホクボイス)では、その視察で聞いた生の声や、それぞれが感じたことをレポートにしたものを抜粋して、一言ずつご紹介しています。
●現地の声を、極力そのまま掲載しております。
●会話の一部を抜粋し、メッセージのように掲載しております。
※TOHOKU VOICE は、現地で聞いた生の声をそのまま掲載するよう心がけ編集されております。一部、内容を正確に伝えるための編集が加わっていることをご理解ください。(主語の補足、倒置法の修正等)
※また、現地の声を耳で聞いたものをメモやボイスレコーダーに記録し、それを元に文字を起こしていますので、言い間違い、聞き間違い等が含まれている可能性があります。