民宿むさし 武蔵一夫さん・多賀子さん夫妻インタビュー集

陸前高田市で民宿「むさし」を営む武蔵一夫さん・多賀子さん夫妻は、TOHOKU VOICEシリーズの記念すべき第1話に登場した証言者です。「防災グッズは生きていなければ使えない」という言葉は、シリーズ全体を貫く「命を守ることを何より優先する」というメッセージを象徴しています。3つの証言を通じて、生き延びることの意味と、震災から10年が経ってもなお続く心の傷について語られています。

#001 防災グッズは生きていなければ使えない

民宿むさし 武蔵さん夫妻へのインタビューの様子

「何もかも備えようなんて思ったら、家をもう一軒建てるようですよ」。武蔵さんは、防災対策における現実的な限界を、ユーモアを交えながらも鋭く指摘します。そのうえで語られる、シリーズ全体を象徴する言葉があります。「持ち出し袋だって備えておけば安心だけど、生きてなきゃ使えないですからねぇ」。防災グッズの備蓄そのものよりも、まず生き延びることを優先すべきだという教訓です。持ち出し袋であっても、逃げる際に持ち出せないことがあり、その場合は取りに戻ることは絶対に避けるべきだといいます。物質的な備えより、「逃げる、すなわち生きる」という判断と行動こそが最優先の課題である——この第1話のメッセージは、TOHOKU VOICE全69話の原点となっています。

この話を取材した人:40代 女性 N・F

#029 10年経ってもサイレンが鳴ると涙が

震災前後の写真を見せながら当時の状況を説明する武蔵さん夫妻

夫妻は、震災前後の同じ場所を写した写真を見せながら、当時の状況を説明してくれました。中でも印象的なのは、多賀子さんのこの言葉です。「震災から10年たった今でも、サイレンが鳴ると涙が自然と出て、心臓がバクバクしてしまい、おかしな行動をとってしまう」。この背景には、震災当時、家族や知人が引き波にのまれていく光景を、何もできないまま目撃してしまったという深い傷があります。建物や道路といった物質的な復興は進む一方で、被災された方々の心理的な回復は、簡単には追いつかないという現実を、この証言は静かに、しかし強く伝えています。

この話を取材した人:50代 男性 M・K

#030 被災経験のない人との温度差

九州滞在中に地震を経験した武蔵さん夫妻

九州に住む娘さんを訪ねていたときに地震が起きた際、武蔵さん夫妻は東日本大震災での経験から、すぐに避難経路上のドアを開け、周囲の人々に避難を呼びかけようとしました。ところが、被災経験のない人たちは「ポカーンとした様子」で、反応がまったく異なっていたといいます。自分たちだけが慌てた様子だったことに、かえって恥ずかしさを感じてしまったという、率直な体験談です。この証言は、被災経験者と震災を経験していない人との間にある、危機認識と対応能力の大きな「温度差」を浮き彫りにしています。

この話を取材した人:40代 男性 Y・O

3話を通じて伝わること

「命を守ることを最優先に」という第1話のメッセージから始まり、10年経ってもなお癒えない心の傷、そして被災経験の有無による温度差まで。武蔵さん夫妻の証言は、震災の「その瞬間」だけでなく、「その後10年」を生きるということの意味を、私たちに伝えてくれます。

インタビューした人:民宿むさし 武蔵一夫さん・多賀子さん夫妻

インタビューした人:民宿むさし 武蔵一夫さん・多賀子さん夫妻

施設・団体紹介

東日本大震災津波伝承館 いわてTSUNAMIメモリアル

2011年3月11日に発生した東日本大震災津波により、私たちは多くの尊い命を失いました。東日本大震災津波伝承館は、先人の英知に学び、東日本大震災津波の事実と教訓を世界中の人々と共有し、自然災害に強い社会を一緒に実現することを目指します。

TOHOKU VOICEについて:このインタビュー集は、全社員130名が東日本大震災の被災地を訪れて記録した「TOHOKU VOICE」プロジェクト(全69話)の一部を、証言者ごとに再編集したものです。武蔵さんご夫妻が営む民宿があるのは陸前高田市で、同市の高田松原津波復興祈念公園には東日本大震災津波伝承館もあります。プロジェクト全体については「TOHOKU VOICE」をご覧ください。スタッフによる被災地視察レポートは「東日本大震災と被災地の記録」でご覧いただけます。

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