旅館海光館 小野寺さんインタビュー集

気仙沼市で旅館「海光館」を営む小野寺さんは、平時の防災意識のあり方から、津波からの九死に一生の生還体験まで、企業経営者・地域住民という二つの立場から震災を語ってくれました。「防災に正解はあるのか」という根源的な問いを投げかけながらも、実際に18メートルの津波にのまれかけた経験を持つ、重みのある証言です。

#007 想定外への準備を

小野寺さんは、東日本大震災の30年前に起きた宮城県沖地震の記憶を語ります。当時、同規模の地震が「10年以内に99%来る」と言われており、気仙沼市の企業や学校では積極的に避難訓練が実施されていたといいます。過去の事例に基づいた対策が、実際に多くの命を救ったと考えられる一方で、「1000年に一度という災害に見舞われ、想定外のことが起きたのもまた事実」です。「天災を防ぐことはできない」と語る小野寺さんの言葉には、日頃から想定外のことが起きると考えながら備え、実際に起きたときに迅速に行動できるようにしておくことの大切さが込められています。

この話を取材した人:20代 男性 M・M

#018 防災に正解はあるのか

「南三陸町の魅力は、豊かな自然や見渡せる海など。高い防潮堤は人々を守れるかもしれないが、それによって町の魅力が失われてしまったら、街を守ることにはならない」。小野寺さんのこの言葉は、防潮堤という「守り」と、地域の魅力という「暮らし」のトレードオフを鋭く突いています。「自然災害を制御することはできない。防潮堤で自然に対抗し防御するのではなく、脅威が迫ったときにいかに早く逃げられるかを考えてほしい」。この証言からは、防災に唯一の正解は存在せず、立場によって異なる答えが生まれるからこそ、有事の際には「人として」さまざまな角度から考え、行動することの大切さが浮かび上がります。

この話を取材した人:40代 男性 M・M

#027 九死に一生と話し合いの成果

震災当時、津波警報では8メートル程度と予測されていましたが、実際には18メートルほどの津波が到達しました。小野寺さんは大島内にある会社本社の3階屋上に避難しましたが、海水はどんどん増していきます。「自分も流されるのか」と思ったその時、流されてきた家の柱につかまることができました。しかし津波は3階屋上のフェンスをも超え、柱につかまった小野寺さんを沖へと引いていきます。九死に一生を得たのは、知り合いの建築会社社長が作業船で助けに来てくれたからでした。もう一つ、小野寺さんが強調するのは家族の存在です。防災無線が入っても自宅に戻るのではなく「どう行動すべきか」について、家族で日頃からたくさん話し合っていたといいます。その備えのおかげで、「家や旅館、船会社は失いましたが、大切な家族を守ることができました」。

この話を取材した人:40代 女性 R・H

3話を通じて伝わること

平時の備えの大切さから、防災という営みそのものへの根源的な問い、そして九死に一生を得た実体験まで。小野寺さんの3つの証言は、企業経営者としてのBCP(事業継続計画)の視点と、一人の生存者としての視点の両方を兼ね備えています。「防災に正解はない」からこそ、日頃の話し合いと備えが、いざというときに命を守る力になるということを、この3話は教えてくれます。

インタビューした人:旅館 海光館のご主人 小野寺さん

インタビューした人:旅館 海光館のご主人 小野寺さん

TOHOKU VOICEについて:このインタビュー集は、全社員130名が東日本大震災の被災地を訪れて記録した「TOHOKU VOICE」プロジェクト(全69話)の一部を、証言者ごとに再編集したものです。プロジェクト全体については「TOHOKU VOICE」をご覧ください。スタッフによる被災地視察レポートは「東日本大震災と被災地の記録」でご覧いただけます。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


上部へスクロール