リアスアーク美術館 山内宏泰館長インタビュー集

リアスアーク美術館の山内宏泰館長は、震災直後から膨大な数の写真を撮り続け、被災の記録を後世に伝える活動を続けてきました。「ガレキではなく被災物」という言葉に象徴される山内館長の思想は、震災をどう記憶し、どう次世代へ伝えていくかという、TOHOKU VOICEシリーズ全体に通じる根源的な問いを投げかけています。

#005 大丈夫だった経験が重なり生んだ慣れ

「東日本大震災は、未曾有の震災、1000年に一度の津波と言われていますが、決して未曾有でも1000年に一度の津波でもないんです」。山内館長は、この地域が過去にも40年に一度の頻度で津波に襲われ、その都度大きな被害を受けてきたことを指摘します。つまり、過去の災害から十分に予測できたはずの災害だったというのです。地域では津波襲来地に石碑を立てるなど、注意を喚起する取り組みも行われてきました。それでも被害が拡大した背景には「時代の変化やチリ地震による津波経験が、人々に慣れを生んでしまった」ことがあると山内館長は語ります。実際、今回の震災でもハザードマップ上で安全とされていた地域の被害が多く、「大丈夫」と思っていた人が逃げ遅れてしまったといいます。そのうえで山内館長は「災害に備えるということは、物資を備えるだけではない。逃げるためには脚力が必要で、体力がなければ逃げられない。だから日頃から体力もつけておかなければならない」と、体力づくりの重要性にも言及しています。

この話を取材した人:40代 女性 N・N

#017 災害の記憶と防災

山内館長は、震災の翌日から状況写真を何万枚も撮影し、現在はその十分の一ほどを美術館で展示していると語ります。美術館では、震災で散乱した物を「瓦礫」ではなく「被災物」と呼んできました。被災物は被災者にとって重要な意味を持つものであり、行方不明者の手がかりや、自分の家を探す手がかりになることもあるからです。震災当日から日数が経過するにつれ、道路整備などによって自分の家がどこにあったのかすら分からなくなるほど、現地の状況は変わっていきます。だからこそ、当時の状況を写した写真は、非常に重要な記録だったと山内館長はいいます。「記録し、保管をすることは、次の災害を防ぐために役立つ」。美術館には被災現場写真203点、被災物155点、歴史資料等137点、合わせて約500点が展示されており、すべての写真に撮影者自身が執筆したレポートが添えられています。

この話を取材した人:50代 男性 T・S

#020 被災物は人生の記録

山内館長は、被災した物を指す言葉について、強い思いを語ります。報道では「ガレキ」と表現されることが多いこの言葉について、館長は「被災物」という表現を用いることを勧めています。「ガレキという言葉は瓦片と小石を意味し、転じて『価値のない、つまらない物』を意味する」。それに対して、「被災物は、破壊され、奪われた大切な家であり、家財であり、何よりも大切な人生の記録である」と山内館長は述べます。美術館では、「震災をいかに表現するか、地域の未来のためにどう活かしていくか」をテーマに、単なる記録資料としてではなく、「伝える意思と伝わる表現」を重視した活動を展開しています。「反省とは、未来を考えること」。津波そのものを防ぐことはできなくても、生き方は変えられる。そのために、地域の文化そのものを進化させていく必要があると、山内館長は強調しています。

この話を取材した人:30代 女性 Y・O

3話を通じて伝わること

「慣れが生んだ油断」「記録することの意味」「被災物という言葉に込めた思想」。山内館長の3つの証言は、震災という出来事をどう記憶し、どう次の世代に手渡していくかという、記憶の継承というテーマを深く掘り下げています。単なる過去の出来事の記録ではなく、「伝える意思と伝わる表現」の大切さは、TOHOKU VOICEというプロジェクトそのものの精神にも通じています。

インタビューした人:リアス・アーク美術館 館長 山内宏泰氏

インタビューした人:リアス・アーク美術館 館長 山内宏泰氏

TOHOKU VOICEについて:このインタビュー集は、全社員130名が東日本大震災の被災地を訪れて記録した「TOHOKU VOICE」プロジェクト(全69話)の一部を、証言者ごとに再編集したものです。プロジェクト全体については「TOHOKU VOICE」をご覧ください。スタッフによる被災地視察レポートは「東日本大震災と被災地の記録」でご覧いただけます。

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