民宿沼田屋 女将さんインタビュー集

陸前高田市で民宿を営んでいたご両親のもとに育った沼田屋の女将さんは、震災で建物こそ流されたものの、当日は宿泊客がおらず、ご両親も直後に高台へ避難したため、人命被害はありませんでした。震災後は防災マイスターの認定を取得し、地域の大学生とともに防災イベントを企画するなど、実践的な防災活動を続けています。4話の証言を通じて語られるのは、「防災は知識だけでなく体力が必要だ」という、見落とされがちながら切実なテーマです。

#045 真の防災とは

女将さんは陸前高田市の防災講習を受講し、防災マイスターの認定を取得しました。震災を身近に経験したからこそ語れる言葉として、女将さんは「防災は知識も大切であるが、体力も必要だ」と強調します。「知識や備えはもちろん大切であるが、結局体力がなければ逃げることはできない。もしくは、体力のない人から脱落していく」。この指摘は、高齢者や体力に不安のある方の防災を考えるうえで、避けて通れない論点です。

この話を取材した人:20代 男性 H・I

#046 女将さんの思い

現在、女将さんは地域の大学生と一緒に、体を使った防災イベントを企画しています。避難訓練は実際の災害時の状況とは異なることが多いため、机上の学習だけでなく、障害物を設けるなど実践的な訓練を重視しているといいます(新型コロナウイルスの収束後の実施を待っている段階とのことです)。一方で、女将さんには気がかりなこともあります。宿泊客から「町が怖い」と言われることがあるというのです。建物があまり建っていない、高い建物がない、町を見下ろせてしまう——そうした景観が理由に挙げられ、小さな子どものいる家庭では海辺に近づかない傾向もあるといいます。町の造りをすぐに変えることはできませんが、女将さんは防災活動を通じて「この町は防災意識が高い町」「助けてくれる町」というイメージを発信し、陸前高田に人が積極的に訪れるようにしたいと考えています。

この話を取材した人:20代 男性 H・I

#047 震災当時の様子

震災の翌日、女将さんが陸前高田への物資支援のためホームセンターを訪れた際、自衛隊のサンダルを履いた男性と出会いました。男性は、震災当日に電信柱につかまっていたところを自衛隊に救助されたといいます。最初は複数人が同じ電信柱につかまっていましたが、時間が経つにつれて「体力のない人から一人また一人と津波に流されていった」そうです。男性は「自分ももう少し遅かったら、力尽きてここにはいない」と語り、手のひらは一晩中電信柱につかまっていたことで痙攣していたといいます。この証言もまた、体力が生死を分けたという厳しい現実を物語っています。

この話を取材した人:20代 男性 H・I

#048 本当の復興支援とは

女将さんは、仙台のビルで勤務中に東日本大震災を経験しました。このとき強く実感したのが、「避難訓練通りにはいかない」という現実です。日頃の訓練にもかかわらず、実際の災害時には想定外のことが次々と起こりました。非常口への避難経路は、土煙で作動した防火シャッターや防火戸によって遮断され、荷物や壁の崩落で押し戸が開けられなくなる場面もありました。さらにスプリンクラーが作動し、人も荷物も濡れてしまったといいます。「知識だけではダメ」「思い通りには進まない」——実体験に基づくこの言葉は、防災を考えるすべての人に向けた、現実的な警鐘です。

この話を取材した人:20代 男性 H・I

4話を通じて伝わること

沼田屋の女将さんの証言に一貫しているのは、「体力がなければ逃げられない」という、知識や備蓄だけでは解決できない防災の側面です。高齢者施設・福祉施設向けの防災を考えるうえでも、避難行動そのものを支える体力づくりという視点は、今後さらに重要になっていくテーマといえます。

インタビューした人:民宿沼田屋の女将さん

インタビューした人:民宿沼田屋 女将さん

TOHOKU VOICEについて:このインタビュー集は、全社員130名が東日本大震災の被災地を訪れて記録した「TOHOKU VOICE」プロジェクト(全69話)の一部を、証言者ごとに再編集したものです。プロジェクト全体については「TOHOKU VOICE」をご覧ください。スタッフによる被災地視察レポートは「東日本大震災と被災地の記録」でご覧いただけます。

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