
はじめに
令和8年(2026年)7月28日16時27分に熊本県熊本地方を震源として発生し、宇城市・氷川町で最大震度7、熊本市・八代市などでも震度6強を観測した令和8年熊本地震から、1か月が経過しました。この度の地震により犠牲となられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げますとともに、被災された皆様に深くお見舞い申し上げます。
私は、8月25・26日の2日間、熊本県八代市、氷川町、熊本市などを訪問し、外観からではありますが被害状況の確認と記録を行いました。発災から4週間近くが経過した現在も、住宅の倒壊や道路の亀裂、ブルーシートで覆われた屋根など、各所に刻まれた揺れの爪痕は生々しく残っており、災害が住民の日常に与える影響の大きさをあらためて実感させられました。
短時間での巡回となり、把握できたのは被災地のごく一部の状況にとどまりますが、現地で確認した状況を共有し、今後の地域の防災・減災対策を見直すための一助としていただければとの想いで、記事にさせていただきます。
近年の大地震との違い「猛暑×地震」の複合災害
今回の地震は、東日本大震災(2011年3月)や能登半島地震(2024年1月)など、これまで記憶に新しい大地震の多くが寒冷期・冬場に発生していたのとは対照的に、連日35度前後の厳しい暑さが続く盛夏期に発災しました。実際、発災直後の8月上旬には最高気温40度に迫る酷暑日が被災地を襲ったとも報じられており、私たちが現地に到着して最初に実感したのも、身の危険を感じるほどの著しい熱気でした。わずか数分屋外に立つだけでも身体への負担は大きく、こうした厳しい気温下で復旧作業や避難生活を余儀なくされている方々の状況の過酷さがうかがえます。
災害関連死の原因として、従来から指摘されてきた衛生面の課題に加え、熱中症対策も新たな課題として浮かび上がっています。実際に、発災から数日後には車中泊をしていた高齢の女性が熱中症の疑いで亡くなり、今回の地震で初めての災害関連死とみられるケースとして報じられました。様々な事情で車中泊を選択される方もいらっしゃいますが、ガソリンが尽きて車内のエアコンが止まってしまうケースも想定されます。実際、私たちが伺った際にも、何軒かのガソリンスタンドが休業中の様子でした。
現地の状況
沿道の住宅地や市街地では、地震の揺れによる直接的な建築物被害が今なお数多く残されており、徒歩での移動はもちろん、車での走行にも支障をきたすほどの路面の起伏や亀裂、地盤変形が随所に見られました。以下、特に印象に残った状況を項目別にご紹介します。
瓦屋根の損壊
一部の家屋では屋根瓦が崩落し、応急的にブルーシートで養生されている様子が随所で見られました。中には、瓦が今にも滑り落ちそうな不安定な状態のまま留まっている屋根もあり、その脇をほんの一瞬通過するだけでも、決して安全とは言い切れない状況が続いています。発災から1か月近くが経過してもなお、本格的な補修に着手できていない住宅が少なくないことがうかがえました。

崩落した瓦屋根
ブロック塀の倒壊
塀の内部に鉄筋が通っていない部分から倒壊しているとみられる箇所が目立ちました。上部に透かしブロックが積まれた塀では、その部分だけが横一列にまとめて崩落しているケースがあった一方、基礎部分に問題があったとみられる塀では、土台ごと倒れ込んでいるケースも見られました。
ブロック塀の倒壊は、2018年の大阪府北部地震でも通学中の児童が犠牲になるなど過去の地震で繰り返し被害につながっており、今回もあらためてその危険性を示す結果となりました。

倒壊したブロック塀
応急危険度判定の実施状況
応急危険度判定とは、余震などによる二次被害を防ぐため、建物の損傷度合いを「危険」「要注意」「調査済」の3段階で判定し、赤・黄・緑のステッカーを掲示して周知する制度です。今回の巡回では、同程度の被害状況であっても、判定ステッカーの貼付が進んでいる区域と、まだ着手できていないように見える区域とが混在しており、地域や担当エリアによって判定作業の進行状況に差が生じている様子がうかがえました。人手やマンパワーの制約が影響している可能性も考えられ、広域から応援の判定士を確保する体制づくりの重要性を感じました。

応急危険度判定の「危険」を示す赤色ステッカー
路面の起伏と地盤変形
移動中の道路環境においても、地震による影響が随所に顕著に表れていました。
橋の接続部(たもと)を通行する際には、車体に大きな衝撃を感じた箇所がいくつもありました。これは、橋本体と取付道路との間で沈下量に差が生じる、いわゆる「橋台背面の段差」が発生しているためとみられ、地震の揺れによって地盤沈下や歪みが起きていることがうかがえます。応急処置として段差すりつけ(アスファルトによる緩衝処理)が施されている箇所もありましたが、そうした対策が及んでいない箇所では、通過する車両の衝撃によって、さらに橋に負担がかかり続けることが懸念されます。
通行の際は、歩行・走行を問わず、路面の亀裂や段差だけでなく、頭上からの倒壊物や瓦の落下などにも常に注意を払わなければならない状況が続いていました。

路面の亀裂と規制コーン
各地の対応体制と避難所の運用状況
街中では県外ナンバーの警察車両やトイレカーなどを頻繁に見かけました。発災から1か月が経過した現在も、防犯巡回やインフラ復旧支援など、全国各地からの応援を受けながら対応が継続されていることがわかります。地元だけでは対応しきれない規模の被害に対し、こうした広域連携が生活基盤の維持に果たす役割の大きさをあらためて感じました。
一方で、物資配布場所(公民館等)では、避難生活が長期化する中で、ルールの定着と運用の工夫が見られました。

能登の高校生から届いた「熊本と能登を繋ぐ」の寄せ書き
現在の管理状態
今回訪れた施設では、その日の物資配布・サービスがすでに終了していたため、訪問時は無人の状態でした。掲示には物資の配布を8月末までとする旨が記載されており、生活再建に向けたフェーズへの移行が意識されていることがうかがえました。敷地内には無料の温水シャワーや洗濯機が設置されており、利用時間や順番など、細かな利用ルールが明記されていました。
また、近くの用水路から水中ポンプで継続的に揚水された水が、生活用水(雑用水)として確保されている様子も確認できました。そばには給水袋やペットボトル、水を注ぐための漏斗が複数個並べられており、飲用水とは別に、清掃や手洗いなどに用いる雑用水を身近な水資源から確保・共有する仕組みが整えられていることがうかがえます。断水が続く地域が今なお残る中、こうした工夫の積み重ねが避難生活を支えていると感じました。
ゴミも整然と分別されており、限られた人員の中で日々丁寧に管理されている様子がうかがえました。

無料の生活用水(飲用不可)とシャワーテント

ポータブル水再生プラントを使った手洗い・給水スタンド
イオンモール爆発事故の痕跡
移動時には、イオンモール熊本の付近にも足を運びました。同施設では、本震発生から約1時間20分後にLPガスの漏えいが原因とみられる爆発が発生し、7人が亡くなり、26人が負傷したと報じられています。現地では、直線距離で100メートル以上離れた場所まで消火器が吹き飛ばされている状況を確認しました。
重量のある物体がこれほど広範囲に飛散していたという事実からも、事故の影響範囲の大きさがうかがえます。本震による直接的な建物被害だけでなく、それに伴って発生する二次的な事故の恐ろしさと、現場周辺における安全確保の難しさを象徴する光景でした。
今後、同様の二次災害が発生する危険性を想定しすぐに対応できるよう、初期消火や避難誘導、ガス設備の緊急停止といった「被害拡大を防ぐための初動対応と確認手順」をあらかじめ地域や事業所で共有しておくことが、重要な備えとなります。

損壊した建物と、遠方まで飛散した消火器
今後の防災・減災活動へ
今回の視察にあたっては、瓦礫や倒壊物の散乱が想定される現場に対応するため、踏み抜き防止インソールが内蔵された防災用シューズを着用して移動しました。
実際に2日間歩行してみて感じたのは、安全機能が優先されている反面、クッション性が乏しく、地面からの衝撃が足にダイレクトに伝わりやすい課題です。発災直後の悪路を長時間歩いて避難・移動する状況を考慮すると、「安全靴を準備しておく」だけで対策を完結させるのではなく、衝撃吸収性のある中敷き(インソール)をあらかじめ重ねてセットしておくなど、『いざという時に実際に機能し、長時間の移動に耐えうるか』という視点での具体的な備えの見直しも必要であると実感しました。
日頃からの防災訓練の中に、実際に防災用品を身につけて一定時間歩いてみるといった実践的な確認を組み込むことも、一つの有効な備えになるのではないかと考えます。
建物の損壊や二次災害の痕跡が色濃く残る現場の様子からは、地域の生活が以前の状態に戻るまでに、なお相応の時間を要することが見込まれます。
今回はボランティア等による直接的な復旧作業を行ったわけではありませんが、発災から1か月という時期における現場の事実を、可能な限り客観的に見つめ、記録することができました。
車窓および短時間の確認で得られたこれらの状況や課題を風化させることなく、具体的な教訓として整理・共有することで、今後の地域の防災・減災啓発活動に確実に活かしてまいりたいと思います。
震災の記録と教訓について:本記事は、熊本地震・阪神淡路大震災など東日本大震災以外の大規模震災の記録と教訓をまとめるテーマページ「震災の記録と教訓」の1本です。あわせてご覧ください。


